地元に帰ると、
必ず立ち寄るスーパーがある。
なんてことない店やのに、
ここに来ると、時間の層がいくつも重なって見えてくる。
田舎を飛び出して、
しばらくは少し距離ができていたのに、
子どもたちが生まれるとき、生まれてから、
また違うかたちで、田舎とつながりはじめた。
シングルマザーやったあの頃、
子どもたちの長い休みは、いつも秋田で過ごしていた。
春休みも、夏休みも、冬休みも。
気がつけば、子どもたちは秋田におって、
私は東京で、がむしゃらに働く母やった。
そのたびに、
妹もそれに合わせて帰ってきてくれたりしててん。
だからこそ、
帰省して、みんなで買い物に行く時間は、
どこか特別やったんやと思う。
いちばん色濃いのは、
父と母のいる時間や。
そんでな、
その層がふりかぶってくると、
通路の脇から、
当時の父と母と子どもたちが、
ひょいっと出てきそうな気がするのよ。
あのころの子どもたちも、ちゃんといてる。
母は、あれもこれもとカゴに入れて、
「これ好きやったやろ」なんて言いながら、
楽しそうに動き回ってる。
父は少し離れたところで、
「おまえたち、ええなぁ」なんて言いながら、
その様子を、にこにこ眺めてる。
その光景が、
いまの売り場の中に、すっと重なる。
なんやろなぁ。
いまのわたしと、あの頃のわたしと、
そして父と母と、あの頃の子どもたちが、
同じ通路に、ちゃんといてる気がする。
それにしても、
このスーパーに来ると、
時間がひとつやないなぁ、と思う。
――
父の介護の件で秋田に来る度に、
「命ってなんやろ」
「生きるってなんやろ」って、
ふと立ち止まって考える。
その分、
妹や、妹の家族と過ごす時間も、
前よりずっと濃くなった。
なんやろなぁ。
これもきっと、
父の仕業なんやろなって、思う。

