制裁系YouTubeという、私の密かな楽しみ
最近、いわゆる制裁系のYouTubeを見るのが癖になっている。
不倫、托卵、モラハラ、パワハラ、DV。
次から次へと、なかなか強烈な話が登場する。
ジャックポット、スーパーノヴァ、クロスライン、アンマスク、ボイコット。
なかなかの視聴ラインナップである。
クッシー(相方)からは、
「ほんまに好きやなあ、その手の番組。うそっこもたくさんあるやろに」
と言われる。
そら、そうやろう。
演出もあるだろうし、どこまで本当の話なのかもわからない。
それでも、ついつい見てしまう。
中でも興味を引かれるのは、不倫が発覚していく過程である。
最初は堂々と否定する。
証拠を出されると、少し説明が変わる。
さらに証拠が出てくると、今度はさっきまでとは違う話になる。
いやいや、あんた、つい三分前に何て言うた?
もう、見事なまでの言い訳の数々である。
そして、追い詰められた人たちの口からは、決まったように同じ言葉が出てくる。
「寂しかった」
「構ってくれなかった」
「夫婦関係はもう終わっていた」
不倫する側には、何かテンプレートでも配られているんやろか。
寂しかった。
うん、そうか。
構ってほしかった。
そうか、そうか。
お前、子供か。
思わず画面に向かって突っ込んでしまう。
もっとも、大人になったからといって、寂しさがなくなるわけではない。
誰かに認めてほしい。大切にしてほしい。優しくしてほしい。
結局、人間はいくつになっても、誰かによしよししてもらいたい生き物なのかもしれない。
その気持ちは、わからないでもない。
ただ、寂しかったからといって、不倫をしていい理由にはならない。
向き合うことから逃げていた、あの頃の私
そして、そう思うたびに、昔の自分を思い出す。
私も、かつてそうだった。
向き合うべき相手と向き合わず、別の相手に逃げていた。
今になって思えば、ずいぶん自分勝手だった。
なぜ向き合わなかったのか。
たぶん、怖かったのだと思う。
自分の本音を伝えることも、当時のパートナーの本音を聞くことも。
その結果、今までの関係が変わってしまうことも。
向き合わなければ、少なくとも、その瞬間は何も決めずに済む。
けれど、何も決めないことも、ひとつの選択だったのだろう。
今なら、もう少し違うことができたのではないかと思う。
自分の機嫌くらい、自分で取ってみる
たとえば、寂しさを誰かに埋めてもらおうとするのではなく、自分で自分の機嫌を取ること。
ひとりで喫茶店に入って、お茶を飲む。
見たかった映画を見に行く。
電車に乗って、知らない街へ出かけてみる。
気になった駅で降りて、知らない道を歩く。
おいしそうなものを見つけたら食べて、気に入った景色があれば、しばらく眺める。
誰かに合わせる必要も、誰かを楽しませる必要もない。
自分が楽しかったら、それでいい。
そんな時間を過ごしているうちに、寂しさが少し和らぐこともある。
もちろん、ひとりで何でも解決できるわけではないし、誰かに甘えたり頼ったりすることも大切だと思う。
ただ、自分の機嫌を取る方法を、誰かひとりに預けてしまわないこと。
それは、案外大切なことなんじゃないだろうか。
言わなくても伝わる、なんて便利な仕組みはない
夫婦の間にある問題は、やはり夫婦で向き合う必要がある。
もちろん、暴力や支配があるような関係は別の話である。安全を守ることが何より大切だ。
少なくとも、今の私が大切にしたいのは、日々の小さな違和感を放っておかないことだ。
クッシーには、小さなことでもちゃんと話そうと伝えている。
何かが引っかかったら、できるだけ言葉にする。
夫婦だからわかってくれるはず。
長く一緒にいるから、言わなくても伝わるはず。
そんな便利な仕組みは、残念ながら備わっていないらしい。
もちろん、話したからといって、必ずわかり合えるとは限らない。
それでも、相手と向き合わずに、よその誰かに答えを求めるよりは、ずっといい。
寂しさを自分で引き受けることと、相手に自分の気持ちを伝えること。
どちらも、昔の私には足りなかったのだと思う。
そして今日も、人間模様を眺めている
さて、今日もYouTubeを開く。
画面の中では、また誰かが言い訳を始めている。
「寂しかったんです」
そうか、寂しかったんやな。
その気持ちは、わからんでもない。
でもな。
寂しいからといって、誰かに埋めてもらうことばかり考えんでもええんちゃうか。
……と、画面に向かって偉そうなことを言っている。
クッシーが横から言う。
「また見てるんか」
見てるで。
今日も人間模様の観察である。
もっとも、こうして偉そうに言えるようになるまで、私もずいぶん遠回りをした。
人のことなら、なんぼでも言える。
自分のこととなると、そう簡単にはいかない。
それでも、ああだこうだと言いながら、今日も生きている。
だいたい、佐々木なんてそんなもんである。

