詩から歌へ
中学生の頃、私は詩から曲に入るほうだった。
中島みゆき、さだまさし、かぐや姫、ユーミン、イルカ。
歌そのものより、まず言葉に惹かれて、それから曲を好きになる。
さだまさしの「案山子」や「主人公」なんかも、歌詞を追いながら聴いていた。
イルカの歌本もよくさらっていた。
コードを追いながら、知っている曲をひとつずつ自分のものにしていくのが楽しかった。
もっとも、Fでだいたい挫折する(笑)。
そんなふうにして、拙いながらも安物のギターをポロンポロンと弾いては、自分で歌っていた。
ビートルズの入口
そして、ビートルズを教えてもらったのもこの頃だった。
教えてくれたのは、いとこの兄ちゃん。
それまで自分ではちゃんと知らなかった世界を、ひょいっと見せてもらったような感じだった。
すっかりハマって、親にねだって「ホワイト・アルバム」を買ってもらった。
あの白いジャケット。
中学生の私には、なんだかそれだけでも特別なものに見えた。
とはいえ、洋楽もちゃんとミーハーである。
当時はベイ・シティ・ローラーズが大流行。
もちろんミーハー子の私もしっかりハマっていた(笑)。
その頃はKISSにも惹かれていた。
「Rock and Roll All Nite」や「Detroit Rock City」なんかの時代。
フォークをポロンと弾いていた少女が、ビートルズを聴き、横ではKISSも聴いていたのである。
今思えば、なかなか忙しい(笑)。
胸グングワーッ
ちなみに、私が人生で一番最初に夢中になった男の子は、フィンガー5の晃くんだった。
テレビに出てくる晃くんを見ては、もう夢中。
そして、その次にやってきたのがCharと原田真二。
ここはもう、「好き」とか「キュンキュン」とか、そんなかわいらしい言葉では足りない。
胸が、
グングワーッ!!
となるのである。
なんやそれ、と言われても困る。
でも、グングワーッなのだ。
キュン、ではない。
ドキドキ、でもない。
もっと胸の奥を一気につかまれて、内側から持っていかれる感じ。
Charを見てもグングワーッ。
原田真二を見てもグングワーッ。
思春期の私は、たいへん忙しかったのである。
フォークの歌詞をじっくり読み、
ビートルズを聴き、
KISSを聴き、
ベイ・シティ・ローラーズに浮かれ、
そしてCharと原田真二に胸をグングワーッとさせる。
やっぱりこの頃から、音楽に関しては節操がない。
いや、守備範囲が広いと言っておこう(笑)。
届かないリズム
ただ、今になってひとつ悔やまれる。
なぜあの頃、私はブラックミュージックに行かなかったのか。
R&Bもソウルもファンクも、すぐそこにあったはずなのに。
あのリズムが、あの息吹がもっと早い時期に自分の中へ自然となじんでいく時間があったら。
そうしたら、今の私の歌い方も在り方も、少し違っていたかもしれない。
今さら言ってもしょうがないけれど、これはちょっと、いや、かなり悔しい。
好きだけど、ぜんぜんお近づきになれないせつなさ。
そんな、ちょっと切ない永遠の片思いみたいなものなのである。
人前で歌う
さて、話を戻そう。
ちゃんと「人の伴奏で歌った」と覚えている最初は、高校の先輩だった○江さんのアコギだった。
○江さんはギターが上手かった。
自分でも弾きながら歌う人だった。
あるとき、
「としの声、おもしろいから歌ってみて」
と言われた。
それで歌った。
たしか、フォークとかニューミュージックと呼ばれていたものだったと思う。
そのあと社会人になって上京してからは、会社の即席バンドで歌ったりもした。
そして、のちに初婚相手となる○江さんと、高校の同窓のメンバーたちで初めてちゃんとバンドを組んだ。
ライブも何度かやった。
たぶん、あれが私が人前で歌い始めた、本当の始まりだったんやと思う。
ひとりでポロンと弾いて歌っていた頃から、いつの間にか人と音を合わせて、ステージに立つようになっていた。
そして、その○江さんとはバンドを続けるうちに、結婚することになる。
私は、○江になった。
でも、その名字でいたのは短いあいだだった。
そしてまた、佐々木に戻る。
歌う場所も、隣にいる人も、名字も変わっていったけれど。
振り返ってみれば、やっぱり私は、
だいたい佐々木なのである。

