19歳、駆け落ち
おかんは19で結婚した。
当時としては、まあ、そこまで珍しい話でもない。
おとんとは、かなり熱烈な恋愛やったらしい。
それは、おかん本人から聞いた。
ラブレターの束
私が大阪に住んでいた小学生の頃、初めてラブレターをもらった。
子どもの私には、そらもう一大事である。
ところが、おかんに見つかった。
「あんたには、まだ早い」
みたいなことを言われて、そのラブレターは破られて捨てられた。
ええええ。
私の初ラブレター、終了。
ところがそのあと、おかんは言った。
「お母ちゃんもな、こんなんあってん」
そう言って見せてきたのが、おとんからもらったラブレターの束やった。
一通や二通やない。
かなりの束。
いやいやいや。
私の一通は破るのに、自分のはこんだけ大事に置いてんのかい。
子ども心にも、なんか納得いかん。
何が書いてあったかは、もうよう覚えてへん。
でも、あの束は覚えている。
若い頃のおとんがせっせと書いて、若い頃のおかんが受け取って、それを何十年も持っていた。
そらまあ、駆け落ちもするか。
そして二人は、それぞれの田舎を出た。
行き先は、大阪。
なんでやねん、大阪
おとんも大阪に縁があったわけではない。
金沢の興行主の、まあ簡単に言うたら婚外子やった。
おかんにも、とくに大阪に何かがあったわけではない。
なのに大阪。
なんでやねん、大阪。
東京でもなく、名古屋でもなく、京都でもなく、大阪。
二人がどうして大阪を選んだのか。
そういえば、聞いたことがない。
若い二人にとって、大阪がちょうど「ここやないどこか」やったんやろか。
それとも、何かちゃんとした理由があったんやろか。
今となっては、わからない。
そして私は、その大阪で生まれた。
考えてみれば、私の人生は、おかんとおとんが「大阪へ行こう」と決めたところから始まっている。
そう思うと、今さらながら聞いてみたくなる。
おかん。
なんで大阪やったん。
もう聞かれへんけど。
聞けるうちには、そんなこと考えもせえへんかった。
おかんのことを書こうと思っていたはずが、書き始めたら自分の話ばっかり出てくる。
まあ、それもしゃあない。
私の話をたどっていけば、どこかでおかんのところへ戻るんやろう。
たぶん。
だいたい佐々木。
どうやらその始まりは、
なんでやねん、大阪。
なのである。

