東京に出てきた頃の私は、たぶん何者でもなかった。
いや、いまかて、何者でもないのやけれど(笑)。
けれど、胸のうちはたいそうギラギラしていた。
何者かになりたい。
何になるのかは、さっぱりわかってへん。
そこが若いというもんである。
行き先も決まってへんのに、エンジンだけはよう回っている。
ブン・ブブン・ブン
それより何より、私は田舎から出たかった。
農家の長女。
婿を取って、家を継ぐ。
母からは、それをよう言われていた。
私の先の人生には、もう誰かが薄い鉛筆で予定を書き込んでいるような気がした。
ここに住んで、
こういう人と結婚して、
この家を守って。
そら、あかん。
私にはあかんかった。
東京に行きたかった、というより、
ここではないところへ行きたかった。
誰かが用意した人生ではなく、自分で自分の行き先を決めてみたかったのである。
とはいえ、その行き先が東京でなければならなかったのかと聞かれると、そこはようわからん。
若い頃というのは、東京という二文字だけで、なんとなく人生が始まりそうな気がするものである。
そんな私の目に、ある日飛び込んできた言葉があった。
「自ら機会を創り出し、その機会によって自らを変えよ」
ある会社の社訓だった。
もう、こんなん私に言うてるやん。
自分で機会をつくる。
その機会で、自分を変える。
ほら見てみい。
私が欲しかったん、これやんか。
当時のギラギラした私は、たいそう素直である。
いや、単純ともいう。
もうホイホイ応募しましたよ(笑)。
こうして、田舎から出たかった娘は東京へ出て、
何者かになりたかった娘は、とりあえず会社員になった。
人生というものは、案外そんなふうに始まる。
そしてここから、
だいたい佐々木のお仕事スタートである。

