東京に出てきただいたい佐々木④

東京に出てきた頃の私は、たぶん何者でもなかった。

いや、いまかて、何者でもないのやけれど(笑)。

けれど、胸のうちはたいそうギラギラしていた。

何者かになりたい。

何になるのかは、さっぱりわかってへん。

そこが若いというもんである。

行き先も決まってへんのに、エンジンだけはよう回っている。

ブン・ブブン・ブン

それより何より、私は田舎から出たかった。

農家の長女。

婿を取って、家を継ぐ。

母からは、それをよう言われていた。

私の先の人生には、もう誰かが薄い鉛筆で予定を書き込んでいるような気がした。

ここに住んで、
こういう人と結婚して、
この家を守って。

そら、あかん。

私にはあかんかった。

東京に行きたかった、というより、

ここではないところへ行きたかった。

誰かが用意した人生ではなく、自分で自分の行き先を決めてみたかったのである。

とはいえ、その行き先が東京でなければならなかったのかと聞かれると、そこはようわからん。

若い頃というのは、東京という二文字だけで、なんとなく人生が始まりそうな気がするものである。

そんな私の目に、ある日飛び込んできた言葉があった。

「自ら機会を創り出し、その機会によって自らを変えよ」

ある会社の社訓だった。

もう、こんなん私に言うてるやん。

自分で機会をつくる。

その機会で、自分を変える。

ほら見てみい。

私が欲しかったん、これやんか。

当時のギラギラした私は、たいそう素直である。

いや、単純ともいう。

もうホイホイ応募しましたよ(笑)。

こうして、田舎から出たかった娘は東京へ出て、

何者かになりたかった娘は、とりあえず会社員になった。

人生というものは、案外そんなふうに始まる。

そしてここから、

だいたい佐々木のお仕事スタートである。

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とし

歌ったり、書いたり。
日々のなかで見つけた小さな灯りを
ここにそっと置いています。

うれしい日も、
ちょっとイガイガする日もあるけれど、
それもぜんぶ、旅の途中やと思っています。

ふつうの日は会社員。
ときどき歌い、ときどき書いています。

音楽ユニット 歳巫女、
バンド コネコネ、OHAGI、タピオカ83
アコースティックの アテーズでも
音楽を楽しんでいます。
(ブログさぼって全部は、書ききれてへんけどな)

愛犬ノノと、保護猫オレオと暮らしながら、
旅の途中で見つけた小さな出来事を
「いまここ庵」に綴っています。

よかったら、ゆっくりしてってな。

庵主 とし
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